企業名・業種・証券コード等で検索

#9 【小売業】株式会社クリエイトSDホールディングス(3148)の人的資本開示|有価証券報告書(第29期)

1. ひとこと総評

株式会社クリエイトSDホールディングス(以下、クリエイトSD)の人的資本開示は、ドラッグストア・調剤薬局業界における激しい競争を勝ち抜くための「攻めと守りの組織戦略」が極めて高いレベルで融合している印象を受けます。多くの小売企業が「ローコストオペレーション」を追求する中で人件費の抑制に走り、従業員の定着率低下(高離職率)という悪循環に陥りがちです。しかし、同社は「従業員の働きやすさや教育への投資(人への投資)が、中長期的に離職率を低下させ、結果として採用・育成コストを抑えるローコスト経営に貢献する」という、合理的で一貫したストーリーを堂々と掲げています。男性育休取得率が94%を超えるなど、制度が形骸化せず実態を伴って変化している点も高評価です。女性の専門資格保有者が多数在籍する強みを活かし、さらなる管理職登用へのロードマップが明確に示されている点など、今後の組織的な「伸びしろ」も非常に大きく、投資家と求職者の双方に強い安心感を与える開示内容となっています。

2. 人的資本開示 4つの評価ポイント概要

以下の4つの評価ポイントについて、倉庫管理人独自の視点で評価(◎, ◯, △, ×)を行いました。

評価ポイント 評価 一言コメント
① 経営戦略との連動性 「極めて感じの良い応対」を支えるブラザー&シスター制度や研修設計が、店舗戦略と連動しています。
② 開示データの数値と変化 連結での男性育休取得率が94.8%に達し、女性管理職比率も前年比で大きく改善しています。
③ 一貫したストーリー性 社是「謙虚」に基づき、「人への投資が離職を防ぎ、中長期的にローコスト経営に資する」との論理が秀逸です。
④ 戦略、人事、従業員処遇体制の一貫性 専門人材の競争力ある処遇を明記し、適正な評価・役割に応じた処遇方針が具現化されています。

3. 評価ポイントの深掘り分析

各項目について、「評価できる良い点」と「今後の課題・改善点」の双方の視点を取り入れ詳細に分析します。就活生にも勉強になる専門用語を交えて解説します。

① 経営戦略との連動性

クリエイトSDの経営理念は「私たちはいつもお客様≒患者様の近くにいて、『ふれ合い』を大切にします」であり、その核となる経営基本方針として「極めて感じの良い応対(挨拶)」を掲げています。これは、単なる小売店舗ではなく、地域密着型の「相談できる、かかりつけ薬局」として機能するための差別化戦略そのものです。店舗で働く従業員の接客態度や人柄が、そのまま企業のブランド価値となるため、人的資本への投資が経営成績に直結するビジネスモデルだと言えます。

この方針を支える人事施策として、新入社員に対して先輩社員が付きっきりで指導する「ブラザー&シスター制度」や、集合教育、オンライン研修などの教育体制が非常に緻密に整備されています。ここで重要となる概念が、「エンゲージメント」です。エンゲージメントとは、「従業員が会社の掲げるビジョンや社風に共感し、自発的に貢献したいと願う会社への愛着・信頼関係」を意味します。クリエイトSDでは、店舗で働く従業員自身が「ずっと働きたい会社」と感じられる環境を作ることで、自発的に「感じの良い応対」を行えるような好循環を生み出しています。

さらに、同社は2030年5月期を最終年度とする中期経営計画「Next STAGE 2030」において、売上高6,800億円の達成と、既存の関東・東海エリアから周辺5県(北関東、甲信越エリア)への出店拡大、さらにはM&Aの積極推進を掲げています。この店舗網拡大を支えるには、薬剤師や登録販売者、管理栄養士といった「専門資格を持つ優秀な人材」の安定的確保が不可欠です。人的資本の強化と事業拡大戦略が、「専門人材の獲得・育成」という共通項で見事にシンクロしている点は、非常に高く評価できます。

一方で、今後の課題としては、M&Aによって新しくグループに入った企業(近年では調剤の株式会社サンエフや、食品スーパーの株式会社八百半フードセンター、後発事象での株式会社やおふく等)に対して、いかにクリエイトSDグループ独自の高品質な接遇カルチャーと教育体制をスムーズにインストールできるか、という点が挙げられます。グループ拡大期特有のカルチャー浸透摩擦を防ぐ仕組みづくりが、これからの成長ポテンシャルを左右するでしょう。

② 開示データの数値と変化

クリエイトSDの人的資本データには、同社の「本気度」を証明する極めて優秀な変化が数字として表れています。就活生のみなさんにぜひ注目していただきたいのが、「男性労働者の育児休職取得率」が連結で94.8%(主力の株式会社クリエイトエス・ディー単体では96.4%)という驚異的な高水準に達している点です。前事業年度(連結で88.0%、子会社で89.4%)からさらに大きくスコアを伸ばしており、形だけの制度ではなく、実際に現場で誰もが当たり前に育休を取得できる心理的安全性と、カバーし合える店舗オペレーション(業務の多能工化)が確立されていることを物語っています。

さらに、同社の主要顧客層である「生活・健康・医療・介護」の意思決定者は主に女性であり、ビジネス特性上、女性の活躍が不可欠です。株式会社クリエイトエス・ディーにおける全社員の49.3%を女性が占めており、その多くが薬剤師や栄養士、登録販売者といった店舗運営を支える基幹資格を持っています。これを受け、管理的地位(店長や薬局長、本社役職者)に占める女性割合は連結で15.4%(前年11.0%から大幅増)、クリエイトエス・ディーにおける役職者に占める女性比率は20.7%まで成長しています。同社は2030年度までに「新任店長・薬局長への女性登用比率50%以上」「役職者に占める女性比率30%以上」という明確な目標数値を設定しており、着実な進捗が見られます。

今後の課題・改善点としては、「男女の賃金の額の差異(連結正規雇用で79.6%)」が挙げられます。同社は、雇用形態や給与体系に男女差を一切設けていませんが、格差が生じる理由として「女性の平均年齢および勤続年数が男性より短いこと、復職直後の時短勤務者の存在、そして役職者の女性比率がまだ過渡期であること」を極めて客観的かつ誠実に開示しています。これは、女性登用のポテンシャルがまだ眠っている「大きな伸びしろ」とも捉えられます。管理職候補の女性社員を社内外の研修や勉強会に積極的に参加させるキャリア形成支援が、今後のデータ改善にどう結びつくかがポイントです。

③ 一貫したストーリー性

企業の人的資本開示を読み解く際、単なる「制度の紹介」だけで終わっているのか、それともビジネスモデルと繋がった「一貫した論理的なストーリー」があるのかで、経営陣の組織開発に対する本気度が分かります。クリエイトSDのストーリーは、社是である「謙虚」の精神から出発しています。この「相手を主語に考える」という姿勢は、対顧客だけでなく、従業員に対してもそのまま適用されています。

ここで、近年注目を集める「リスキリング」というキーワードを織り交ぜて解説しましょう。リスキリングとは、「技術革新やビジネスモデルの変化に対応するために、新しいスキルや知識を従業員が学び直すこと」を指します。同社は調剤併設型ドラッグストアや在宅医療などの新しいヘルスケアモデルへの対応が求められる中で、従業員への絶え間ない教育投資を行っています。そして、ここからがクリエイトSDの人的資本ストーリーの白眉(最も優れた部分)なのですが、「人材への投資(教育や職場環境の整備)を行うことこそが、離職を防止し、中長期的な採用・教育コストを低減させ、ひいては頑健なローコスト経営に貢献する」と有価証券報告書で明言しているのです。

一般的に、ローコストオペレーション(徹底的な経費抑制)を目指す企業は、従業員の給与や研修費を「削減すべき経費(コスト)」とみなしがちです。しかし、クリエイトSDは、離職による人材の流出こそが、店舗サービスの質を低下させ、再び大きな採用・育成費用を発生させる最大の高コスト要因(リスク)であると正しく見抜いています。つまり、「人を大切にすること(定着支援)こそが、最もコスト効率の良い経営を実現する」という、逆説的で美しいコペルニクス的転回のようなストーリーが完結しています。この一貫性こそ、投資家が将来性を高く評価する最大の要因です。

④ 戦略、人事、従業員処遇体制の一貫性

経営戦略と人事戦略が結びついていると言っても、それが日々の従業員の「昇進」や「給与・評価」に具現化されていなければ、現場のモチベーションは上がりません。クリエイトSDの従業員の給料・報酬の決定方針は、「従業員が担う職務、成果、貢献度等を総合的に勘案し、評価や役割に応じた適正な処遇を行うこと」を基本としています。

ここで近年多くの大手企業が導入を進めている「ジョブ型雇用」について触れておきましょう。ジョブ型雇用とは、「年齢や勤続年数に関係なく、特定の職務(ジョブ)の内容や成果、専門スキルに基づいて雇用契約を結び、評価や給与を決定する仕組み」のことです。クリエイトSDは完全にジョブ型へ移行しているわけではありませんが、薬剤師、管理栄養士、登録販売者といった特定の職務と高度な専門性を持つ人材が多数活躍していることから、実質的に職務と役割をベースにした適正処遇(役割給的要素)を重視しています。特に専門人材に対して「他社に劣らない競争力のある処遇」を確保すると明記しており、専門性が正当に評価される環境を整えています。

また、この一貫性は経営幹部レベルでも機能しています。役員(監査等委員を除く)の報酬設計においても、単年の短期的な利益に偏るのを防ぐため、中期的な業績(連結営業利益など)に連動する業績連動報酬(賞与)を導入しています。これにより、現場のスタッフからトップマネジメントに至るまで、「企業の持続的な成長」という共通の目標に向けて、一人ひとりの処遇と成果が整合的に設計されています。

課題としては、ドミナント展開する新商勢圏や多様なスーパーマーケット事業、介護事業において、多種多様な「職務」や「雇用形態(正規社員と多数のパートタイマー)」が存在する中で、評価基準の平準化と透明性を保ち続けられるかという点が挙げられます。特にクリエイトSDは、パートタイマーの女性比率が98.7%と極めて高く、彼女たちの活躍と満足度(エンゲージメント)が店舗力に直結しています。今後も非正規雇用の労働者に対する公平な役割評価とインセンティブ設計をブラッシュアップしていくことが、さらなる強固な組織体制の確立には欠かせません。

4. まとめ

株式会社クリエイトSDホールディングスの第29期有価証券報告書から読み解ける人的資本経営は、「社是である『謙虚』を、精神論ではなく極めて合理的な経営システムに昇華させている」という点で、就活生や企業研究をしている若手人材にとって、非常に魅力的な「隠れた優良組織」であると総括できます。人への投資や働きやすさの整備を「経営上の強み(離職防止を通じたローコストオペレーションの実現)」としてロジカルに説明できる企業は、日本の中でも決して多くありません。男性の育休取得率94.8%という圧倒的な実績も、会社の「本気度」を証明する素晴らしい事実です。

もしあなたがクリエイトSDグループに入社した場合、ブラザー&シスター制度をはじめとする手厚い育成環境のもとで、専門資格を最大限に活かしながら、腰を据えて中長期的なキャリアを歩んでいくチャンスが豊富に用意されています。一方で、周辺地域への出店加速や、M&Aによる複数の異業種企業の買収が続く今、グループ全体のエンゲージメントをいかに高い状態で均一にキープできるかという「統合の難しさ」に挑む真っ只中にあります。ただのマニュアル接客ではない「心を通わせる応対」を自分が現場や本部でどう体現できるか、といった視点を持って企業研究を深めることで、面接官の心を揺さぶる「一歩先を行く志望動機」が完成するはずです。みなさんの実りある挑戦を、プロのコンサルタントとして心から応援しています!