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#471 【精密機器】株式会社 日本エム・ディ・エム(7600)の人的資本開示|有価証券報告書(2026年3月期)

1. ひとこと総評

株式会社 日本エム・ディ・エムは、日米共同開発を基軸に整形外科分野の医療機器を展開する企業です。同社の人的資本開示における最大の特徴は、社員が主体的にキャリアを形成する「CMS(キャリア・マネジメント・システム)」や「Myキャリア」「Myボイス」といったITツールを導入し、現場の声の吸い上げとキャリア自律を組織的に推進している点にあります。中途採用管理職比率も約68%と高く、外部知見を柔軟に取り込む組織基盤を有しています。
しかし当期においては、国内における贈賄容疑事案などの報道事案が発生し、社内処分39件の実施や特別委員会による調査、営業評価制度の見直しなど、ガバナンスとコンプライアンスの抜本的な再構築が経営の最優先課題となっています。人的資本面でも男性育児休業取得率が0%に急減し、現場の労働時間管理に不備が生じるなど課題が顕在化しており、抜本的な制度改革と組織風土の再生を成し遂げられるかが今後の成長の分水嶺となります。

2. 人的資本開示 4つの評価ポイント概要

以下の4つの評価ポイントについて、倉庫管理人独自の視点で評価(◎, ◯, △, ×、※情報不足の場合は「-」)を行いました。

評価ポイント 評価 一言コメント
① 経営戦略との連動性 日米連携や職務要件定義を進める一方、営業体制の再構築や調達変革に伴う人材育成の連動は途上です。
② 開示データの数値と変化 3期分の推移や目標を開示する一方、男性育休取得率の0%急減や一部指標の目標未設定が目立ちます。
③ 一貫したストーリー性 CMSを軸とした自律支援と不祥事を受けた統制強化の文脈は明瞭ですが、全社への統合展開に課題があります。
④ 戦略、人事、従業員処遇体制の一貫性 役員報酬のESG連動は明確な一方、一般社員の評価制度改定や具体的処遇基準の開示が不足しています。

3. 評価ポイントの深掘り分析

各項目について、【評価できる良い点】と【今後の課題・改善点】をセクションごとに分けて詳細に分析します。

① 経営戦略との連動性


【評価できる良い点】
株式会社日本エム・ディ・エムの経営戦略は、整形外科分野における「日米共同開発」を基軸としつつ、収益性改善に向けた「SAICOプロジェクト」(内製化の推進、サプライヤー複社化、自社製品比率向上等)や、米国関税影響への対応(アジア地域への生産移管等)を推進することにあります。こうした事業の方向性に対し、人的資本面では部門長以上の後継者を計画的に育てるタレントマネジメントを導入し、主要ポジションにおける「職務記述書(ジョブディスクリプション)」を作成して要件を明確化し、実際の採用活動に活用している点が評価できます。
ここでいう「職務記述書(Job Description)」とは、担当する職務内容、責任範囲、求められるスキルや経験を詳細に定義した文書のことです。これにより、求める人物像と現場のポストが客観的に結びつき、戦略的な人員配置が可能になります。
また、米国子会社(ODEV社)との連携やグローバル展開に対応すべく、グローバル人材育成の一環として全社的なTOEIC受検を実施しているほか、管理職に占める中途採用者の割合が67.9%(目標60.0%以上)と高水準を維持しています。専門性の高い医療機器業界において、外部の知見や高度な実務経験を持つ人材を積極的に管理職として登用し、事業推進のスピードを保とうとする姿勢が読み取れます。

【今後の課題・改善点】
一方で、経営戦略と人事施策の連動において、開示情報からはまだ具体化されていない領域が残されています。
第一に、経営戦略の柱である「SAICOプロジェクト」や生産移管では、製造原価の低減、内製化、アジア・欧州調達の推進といった製造・サプライチェーンマネジメント(SCM)の大規模な変革が掲げられています。しかし、これらを現場で牽引する高度な技術者や調達・物流専門人材をどのように確保・育成するのかに関する具体的な人材施策や育成方針の記述は開示されていません。
第二に、同社における最大の経営課題として位置付けられている「国内における一連の報道事案(贈賄事案等)を踏まえたコンプライアンス及びガバナンス体制の強化」との連動性です。経営方針の中では「評価制度の見直し」「教育・研修の強化」が一体的な施策として明記されているものの、人的資本戦略の項目においては、新入社員や役員向け、規約インストラクター向けの研修実績が列挙されているにとどまります。事業戦略上不可欠である「営業現場におけるコンプライアンス徹底」と「求める人材像や行動規範」をどのように結びつけ、人事戦略全体へと落とし込んでいるのかという統合的な連動性に関する開示は見当たらず、今後の改善点と言えます。

② 開示データの数値と変化


【評価できる良い点】
人的資本データの開示において評価できるのは、単年度の数値にとどまらず、2024年3月期、2025年3月期、2026年3月期の「3期分の実績推移」と、2027年や2030年に向けた「定量目標」を明確に対比させている点です。
具体的には、女性活躍の推進に関して「管理職に占める女性労働者の割合」が10.7%(2024年)から11.5%(2025年・2026年)へと推移し、2027年目標として13.0%を設定しています。また、「労働者に占める女性労働者の割合(正社員)」も26.9%の実績に対し2030年目標を30.0%とし、「管理職に占める中途採用者の割合」は67.9%と目標(60.0%以上)を達成し続けている状況が定量的に開示されています。
さらに、法定開示にとどまらない独自指標のモニタリングが行われている点も注目に値します。社員が自律的なキャリアを登録する「Myキャリア更新率」は3期連続で100%を維持しており、会社や上司に要望を伝える「Myボイスの自由コメント件数」も214件(2024年)→115件(2025年)→156件(2026年)と推移が開示されています。これらにより、ツールが形骸化せず社内に定着している度合いが示されています。加えて、健康経営の観点から喫煙状況を調査し、喫煙者数92名(喫煙率31%)のうち「3人に2人(59名)」が禁煙を希望しているという実態を正確に把握・開示している点も誠実なデータ開示として評価できます。

【今後の課題・改善点】
一方で、開示データの内容を精査すると、看過できない懸念点と伸びしろが存在します。
最も顕著な課題は、「男性労働者の育児休業取得率」の急激な悪化です。2024年3月期の28.6%から、2025年3月期に16.7%へ低下し、当期(2026年3月期)には「0.0%(対象者6名中、取得者0名)」にまで落ち込んでいます。女性の取得率が100%(3名中3名)であるのに対し、男性の取得が途絶えている状況でありながら、目標値の欄は「-(未設定)」となっており、具体的な是正目標が示されていません。また、女性正社員比率も27.7%→27.6%→26.9%と微減傾向にあります。
さらに、人権デューデリジェンスの調査結果において、国内全従業員アンケート(回答率100%)から「終業打刻後の顧客対応に伴う労働時間管理の不備」や「ハラスメント等の潜在的リスク」が確認され、米国子会社ODEV社では「人権問題に該当する事案が1件確認された」との記載があります。問題の把握自体は開示されているものの、これら不適切な労務管理や人権リスクが具体的に何件是正されたのか、再発防止の進捗を示す定量的KPIは開示されていません。
「Myボイス」についても、コメント件数の推移のみで、寄せられた課題に対する改善実施率や社員の満足度変化といった質的な指標の開示がないため、施策の真の有効性を測るデータとしては物足りなさが残ります。

③ 一貫したストーリー性


【評価できる良い点】
同社の人材戦略には、「CMS(キャリア・マネジメント・システム)」を中心とした明確なストーリーの骨格が存在します。「社員一人一人がキャリアを考え、会社や上司との相互作用でキャリア形成につなげる」というコンセプトのもと、以下の施策が体系的に連動しています。
まず、社員が自らの希望や目標を入力する「Myキャリア」と、会社や組織への提言を届ける「Myボイス」というITシステム基盤があります。これに加えて、全社員を対象とした「セルフキャリアドック」(当期実績267名)やキャリアコンサルティング制度を組み合わせることで、従業員が主体的にキャリアパスを描き、専門性を向上させる仕組みが整えられています。
就活生向けに補足すると、「セルフキャリアドック」とは、企業が人材育成やキャリア支援のために定期的なキャリアコンサルティングや研修を提供し、従業員の主体的なキャリア形成を促す仕組みを指します。
さらに、当期に顕在化した贈賄容疑事案という重大な危機に対し、これを「経営上の重大なサステナビリティ課題」と位置付け、サステナビリティ委員会の下にコンプライアンス委員会、人的資本委員会、リスク管理委員会を配置して統制を図る構図が示されています。現にMyボイスの自由コメントにおいても「コンプライアンス意識の高まりや環境変化により、行動規範やハラスメントに関する意見が増加した」という社内のリアルな変化が包み隠さず記載されており、現場の声を吸い上げて組織風土の改革へ繋げようとする論理的なストーリーが描かれています。

【今後の課題・改善点】
しかしながら、このストーリーが組織全体、特に現場の実態にまで完全に浸透しているかという点には疑問が残ります。
第一に、「自律的なキャリア形成と個性の発揮」という理想的な人的資本のストーリーと、足元で発生した「贈賄容疑事案」「社内処分39件」「再発防止委員会の14回開催」という厳しい現実との乖離を埋めるストーリーが未完成です。コーポレート・ガバナンスの開示においても、コーポレートガバナンス・コードの補充原則4-1③(後継者計画の文書化)や補充原則2-3①(サステナビリティ課題への対応)が「Explain(未遵守説明)」とされており、その理由として「再発防止策は実施途上にあり継続的な検証が必要な段階であるため」と説明されています。危機を乗り越えてどのような新しい組織文化を創るのかという、再建に向けた中長期的なストーリーの完結には至っていません。
第二に、社内環境整備として「働き方に関する制度の活用率」が89.3%と高い数値を示していますが、注記には「全社員(営業職除く)」と明記されています。時間単位休暇、フレックスタイム、在宅勤務、コンバインドワークといった柔軟な働き方制度が、医療機関対応を担う営業現場には適用されていない実態が浮き彫りになっています。人権調査で判明した「終業打刻後の顧客対応」という労務問題も含め、営業部門が働き方改革のストーリーから取り残されている印象を与えており、全社一丸となったストーリーとしての統合が今後の課題です。

④ 戦略、人事、従業員処遇体制の一貫性


【評価できる良い点】
経営陣・役員の報酬体系に関しては、経営戦略との連動性が非常に高度に制度設計されています。取締役の報酬構成は、基本報酬(60%)、短期業績連動報酬・賞与(30%)、中長期業績連動型株式報酬(10%)と定められており、業績評価指標には連結売上高や連結当期純利益、自己資本利益率(ROE)だけでなく、マテリアリティである「ESG(連結GHG排出量削減)ほか」が組み込まれています。企業の持続的価値向上に対するインセンティブが制度として確立されています。
また、一般従業員の処遇方針についても、「各人の担う職務・役割、能力・経験、成果等を総合的に勘案し、適切な処遇の実現を基本として決定する」「人材の確保・定着や従業員の意欲向上を図る観点から処遇改善にも継続的に取り組む」と明記されており、当事業年度の損益分析においても日米双方で賃上げを実施した事実が記載されています。
さらに、「男女の賃金の差異」(正規雇用労働者で80.9%)について、単に数値を公表するだけでなく、「管理職に占める男性割合が高いこと」に加え、「賞与等の仕組みにより理論年収が非営業職に比べて高い営業職において男性の割合が高いこと」という明確な要因分析を開示している点は、処遇構造の客観的な把握として評価できます。

【今後の課題・改善点】
最大の改善点は、経営戦略において最重要課題と位置付けられた「評価制度の見直し」の具体的内容が、一般従業員の処遇に関して開示されていない点です。
経営方針の「コンプライアンス及びガバナンス体制の強化」の中で、推進施策の1つとして「⑤評価制度の見直し」が明確に掲げられています。しかし、人的資本開示の本文中には、この評価制度の見直しがどのような内容なのか(例えば、短期的な売上至上主義を是正するためのコンプライアンス評価の導入や、プロセスの重視など)、具体的な基準や改定のロードマップに関する記述が見当たりません。
営業職の賞与体系が理論年収を高める構造になっていることが開示されている一方で、その営業活動に起因して贈賄容疑事案や社内処分、終業打刻後の労務管理の不備が発生したという経緯を鑑みると、「どのような成果や行動を評価し、どのように給与・賞与・昇進へ反映させるのか」という評価・処遇制度の抜本的な見直しが不可欠です。
また、役員向けには業績連動型株式報酬制度(信託型)が導入されていますが、一般従業員向けの株式所有制度や長期的な企業価値向上を分かち合うインセンティブプランについての言及はありません。求める人材像から日々の業務評価、そして最終的な処遇への落とし込みという一連のパイプラインについて、具体的な制度設計の開示が待たれるところです。

4. まとめ

株式会社日本エム・ディ・エムの人的資本開示を総合的に分析すると、医療機器という社会貢献度の高い事業領域において、自律的なキャリア形成を支える「CMS」やセルフキャリアドック、Myボイスといった双方向のITツールが整備されており、若手人材が自身の専門性を磨くための土台が着実に整えられている企業であることが分かります。中途採用の管理職比率が約68%と高いことも、新卒・中途を問わず個人の能力や経験をフラットに評価する組織風土の一端を示しています。
しかし、就職活動や転職に向けて企業研究を行う若手人材が最も注視すべきは、同社が現在「組織の再生とガバナンスの抜本的改革」という重大な転換期にあるという事実です。
国内における贈賄容疑事案の発生や39件に及ぶ社内処分、男性育休取得率の0%への急落、営業部門における労働時間管理の不備など、コンプライアンスと組織の健全性に関しては厳しい課題に直面しています。現在同社は、特別委員会の調査報告を踏まえ、社内規程や承認プロセスの見直し、そして営業活動に係る評価制度の刷新を急ピッチで進めています。
したがって、同社を志望するにあたっては、「完成された安定企業」として安住を求めるのではなく、「不祥事を真摯に受け止め、古い体質から脱却して強固なコンプライアンスと新たな評価体制を築き上げようとしている改革期の組織」として捉える複眼的な視点が求められます。自ら高い倫理観を持ち、組織のコンプライアンス再生や新しいカルチャーづくりに主体的に関わっていく気概を持つ人材にとっては、組織の変革期ならではの貴重な成長機会とやりがいを見出せる環境と言えるでしょう。