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#396 【卸売業】日本電計株式会社(9908)の人的資本開示|有価証券報告書(2026年3月期)

1. ひとこと総評

日本電計株式会社の人的資本開示は、電子計測器等の専門商社から「テクニカル商社への転身」を掲げ、専門知識を持った人材を企業価値向上の最大の源泉と位置づける力強い姿勢が明確に読み取れます。
特に2022年の人事制度見直しを皮切りに、3年連続の賃上げやカフェテリアプランの導入、確定拠出型年金制度の導入など、従業員の処遇改善に対する投資が連続的かつ具体的に実行されている点は高く評価できます。さらに、その成果が「社員エンゲージメントサーベイ」のスコア向上や退職率の低下として客観的に示されている点も好印象です。
一方で、多様な実績データが開示されているものの、一部を除き中長期的な数値目標(KPI)が設定されていない、あるいは開示されていないという課題も残っています。成長戦略と人材育成の連動性は語られているものの、次世代の成長分野を担う具体的な「求める人物像」や、評価制度の詳細な基準については開示が限定的であり、今後のさらなる情報開示の拡充に期待が持たれる内容となっています。

2. 人的資本開示 4つの評価ポイント概要

以下の4つの評価ポイントについて、倉庫管理人独自の視点で評価(◎, ◯, △, ×、※情報不足の場合は「-」)を行いました。

評価ポイント 評価 一言コメント
① 経営戦略との連動性 テクニカル商社への転身と人材投資の方向性は合致。ただし詳細な求める人物像の定義に伸びしろあり。
② 開示データの数値と変化 豊富な実績数値の開示は評価できるが、エンゲージメント等以外の中長期的な数値目標が見当たらない。
③ 一貫したストーリー性 理念策定から制度改定、処遇改善、そしてエンゲージメント向上へと至る経緯が論理的に説明されている。
④ 戦略、人事、従業員処遇体制の一貫性 成果主義や多様な働き方を志向した制度再構築が明記。ただし評価基準の詳細な仕組みは開示されていない。

3. 評価ポイントの深掘り分析

各項目について、【評価できる良い点】と【今後の課題・改善点】をセクションごとに分けて詳細に分析します。

① 経営戦略との連動性


【評価できる良い点】
日本電計株式会社は、「テクニカル商社への転身」というビジョンと「計測技術で社会に貢献」というパーパスを掲げ、中期経営計画「INNOVATION2030 Ver.2.0」を推進しています。有価証券報告書では、自動車業界の次世代自動車や自動運転、電子・電機業界のAI・データセンター、高速通信・GX(グリーントランスフォーメーション)、防衛関連分野といった成長市場でのシステム提案力の強化を重要課題としています。こうした付加価値の高い提案を実現するためには「社員が最大の資産」であり、社員が幅広い知識・専門性を備えることが企業価値向上の源泉であると明確に位置づけている点は非常に評価できます。さらに、戦略遂行に必要な人材を育成するため、階層別研修や職種毎の職務別研修、執行役員の外部経営幹部養成プログラムの導入など、具体的な研修体制(2025年度には33回実施)の構築を進めている事実が記載されており、事業戦略と人材投資の方向性が的確にリンクしています。

【今後の課題・改善点】
経営戦略と人的資本投資の連動性は全体として読み取れるものの、次世代の成長分野を牽引するための具体的な「求める人物像(どのような専門スキルやマインドセットを持つ人材が何名程度必要か)」に関する記述は見当たりません。有価証券報告書内には「各部署の人材ニーズに適応した多種多彩な人材の中途採用」との記載はありますが、中長期的にどのような人材ポートフォリオを構築しようとしているのか、その詳細な戦略については開示が不足しています。今後は、事業戦略の実現に不可欠な詳細な人材要件定義や、各事業における人材の需給ギャップをどのように埋めていくのかという具体的な採用・育成計画が開示されることで、経営と人事の連動性がさらに高まる伸びしろがあります。

② 開示データの数値と変化


【評価できる良い点】
有価証券報告書において、従業員数、採用者数、退職率、平均年齢、平均勤続年数、男女間賃金格差、管理職比率、男性育児休業取得率、研修実施回数など、多岐にわたる人的資本指標が過去4年間(2022年度〜2025年度)の推移とともに詳細に開示されています。特筆すべきは、「社員エンゲージメント(従業員の会社に対する愛着や貢献意欲)」のサーベイ結果です。総合満足度が3.68点(2022年度)から4.00点(2025年度)へ、勤続意向が3.89点から4.12点へと着実に向上している推移が示されています。一連の給与水準引き上げや賞与水準引き上げといった処遇改善が、実際の社員の意識向上に寄与していることが客観的なデータで証明されている点は高く評価できます。また、男性育児休業取得率が15.4%(2022年度)から62.5%(2025年度)へと大幅に改善しており、働きやすさの向上が確かな数値として現れている良い事例です。退職率も6.2%から4.9%へ低下しており、施策の有効性がデータから読み取れます。

【今後の課題・改善点】
過去の実績データが豊富に開示されている一方で、将来に向けた具体的な「数値目標(KPI)」の設定には課題が見受けられます。現在開示されている目標は、エンゲージメントサーベイにおける「前年度実績を超える水準」という定性的な目標と、女性管理職比率の「2027年度 2.0%」(2025年度実績は0.4%と乖離あり)のみです。それ以外の項目(中途採用比率の目標、男性育休取得率の目標、従業員の研修受講時間やスキルの習得目標など)については、具体的な数値目標の記述が見当たりません。現状では過去の数値の羅列にとどまっている部分も多く、各指標を経営戦略上どのように位置づけ、いつまでにどのような状態を目指すのかというKPIが開示されていない点は、今後の明確な課題・伸びしろと言えます。

③ 一貫したストーリー性


【評価できる良い点】
「なぜその人材投資を行うのか」という背景から、施策の実行、そして結果の検証に至るストーリーが非常に論理的かつ一貫して語られています。2022年の企業理念の再定義を起点とし、「社員の人間的な成長が企業価値向上の源泉となる」という基本方針が提示されています。それに基づき、2022年の人事制度見直し、2023年の確定拠出型年金制度の導入、2024年〜2026年の3年連続の賃上げ、2025年の賞与引き上げやGLTD(所得補償)保険の加入、2026年のカフェテリアプラン(選択型福利厚生制度)の導入と、従業員への利益還元と環境整備が時系列で矢継ぎ早に展開されています。さらに、マネジメント層の育成に向けた「リスキリング(新しいスキルを獲得するための再教育)」を目的とする自己啓発サービスの試行導入(2026年3月)といった事実も記載されており、こうした積極的な投資が結果としてエンゲージメント向上や退職率低下に結びついているというストーリーは、企業研究を行う読者に対して強い説得力を持ちます。

【今後の課題・改善点】
人事制度の改定から処遇改善、エンゲージメント向上への「これまでのストーリー」は明確である一方で、有価証券報告書には「人事部態勢・機能の更なる強化、評価制度の浸透、社員の能力開発に資する研修制度の充実、離職防止策の検討・実施、シニア人材活用制度の導入等、取り組むべき課題は多く残っております」と自社の組織課題が率直に記載されています。しかし、これらの抽出された課題に対して、今後どのような具体的な対策やロードマップを描いているのかという「これからのストーリー」についての記述が見当たりません。現状の課題認識にとどまらず、それらを解決するための次なる施策群の連なりが開示されていない点は、今後の情報開示に向けた課題として挙げられます。

④ 戦略、人事、従業員処遇体制の一貫性


【評価できる良い点】
経営戦略に基づく人事方針が、従業員の具体的な処遇制度にまで落とし込まれている点が評価できます。2022年の人事制度見直しにおいて、「成果主義をより鮮明にする」「男女・国内外平等を実践する」といった明確な基本方針のもと、業績評価や能力評価による適正な評価制度への改定が行われました。さらに、「ダイバーシティ(多様性を受け入れ活用する考え方)」を念頭に、女性や外国人社員が多様な働き方とキャリアパスを選択できるような等級制度の再構築や、社員が異動等の希望を出せる「キャリア申告制度」の導入が記載されており、多様な人材の活躍を制度面から裏付けています。加えて、制度を作って終わりにするのではなく、外部の専門会社によるモニタリングを通じて運用状況の課題を整理し、2026年4月にさらなる新評価制度の運用を開始するなど、実効性を高めるための継続的な改善サイクルが回っている点も非常に優れた取り組みです。

【今後の課題・改善点】
「成果主義をより鮮明にする」ための評価制度の改定や、業績や能力に基づいた適正な評価を目指す姿勢は読み取れますが、従業員に対する具体的な評価基準や報酬との連動の仕組み(どのような成果が給与や賞与にどの程度反映されるのか、具体的なインセンティブ制度の有無等)についての詳細な記述は見当たりません。役員報酬に関しては「業績による加算」やストック・オプションの付与など明確な基準が記載されているのに対し、一般従業員の処遇制度における具体的な仕組みの開示は限定的です。今後は、従業員が実務においてどのように評価され、それがどのように処遇(昇給や昇進)に直結するのかという「評価と報酬の具体的な連動プロセス」が開示されることで、戦略から処遇までの一貫性がより強固になる伸びしろがあります。

4. まとめ

日本電計株式会社は、有価証券報告書の人的資本開示において、「社員こそが最大の資産である」という姿勢を単なる企業スローガンに終わらせず、3年連続の賃上げや人事制度改定、カフェテリアプランの導入といった具体的な「処遇改善と環境整備」として着実に実行している点が非常に魅力的です。就活生や転職を考える若手人材にとって、同社は安定した事業基盤を持ちながらも、社員への利益還元や働きやすさの向上(大幅に改善された男性育休取得率や退職率の低下など)に積極的に投資している優良な環境と言えます。
また、「成果主義の鮮明化」や「キャリア申告制度」が整備されていることから、自発的にスキルを磨き、成果を出すことで適正に評価されたいと考える成長意欲の高い人材にとって、挑戦と自己実現の機会が提供される土壌が整いつつあることが読み取れます。
一方で、企業研究の視点から厳しく見ると、中長期的な具体的な数値目標(KPI)の開示が少ない点や、次世代の成長分野における明確な「求める人物像」の詳細が語られていない点は、今後の変革期において自身がどのようにキャリアを築いていけるかの具体的なイメージをやや描きにくいという課題も残します。
しかし、企業自身が有価証券報告書内で「離職防止策の検討」や「評価制度の浸透」などの課題を隠さず率直に認めていることは、現状に満足せずさらなる組織の健全性向上に向かう真摯な姿勢の表れでもあります。今後のさらなる人事制度の進化と、テクニカル商社としての事業成長を牽引する人材育成の具体化に大いに期待できる企業であると総括できます。