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#365 【建設業】株式会社大気社(1979)の人的資本開示|有価証券報告書(2026年3月期)

1. ひとこと総評

株式会社大気社の有価証券報告書における人的資本開示を読み解くと、「高い技術力を持つベテラン層への依存度が高く、次世代への継承が喫緊の課題」という、多くの日本企業が抱えるリアルな悩みに真正面から向き合っている企業姿勢が浮かび上がってきます。

特に評価できるのは、その課題に対するアプローチの緻密さです。「人材データベース」や「キャリアプランシート」といった仕組みを用いて社員のスキルやキャリア志向を可視化し、属人的になりがちなエンジニアリング力を組織的に継承しようとする取り組みは、コンサルタントの視点から見ても非常に実効性の高い施策です。また、グローバル企業として、海外拠点のナショナルスタッフ(現地採用社員)を日本に留学させ、将来的には経営幹部として登用する計画を明記している点も、ダイバーシティ&インクルージョンを成長の原動力にしようとする強い意思を感じます。さらに、経営戦略の実現に必要な「キャリアプロフェッショナル人材」について、具体的な人数目標まで開示している点は高く評価できます。

一方で、今後の伸びしろとして、新規事業創出などの新しい領域への挑戦に関する記述において、イノベーション人材の獲得や、一人当たりの研修投資額といった定量的な開示がやや少ない点が挙げられます。現状の課題に対する「守り(継承)」の施策は非常に解像度が高いですが、未来に向けた「攻め(イノベーション)」の施策や育成投資の実績がより具体化されれば、投資家や求職者への訴求力はさらに高まるでしょう。

同社は、世界中の現場でモノづくりを支えるエンジニアリング企業であり、「技術の継承」と「新しいテクノロジーの融合」という両利きの経営に本気で取り組んでいます。自分の専門性を磨きながら、グローバルな舞台で社会課題の解決に直結する仕事に挑戦したいと考える若手人材にとって、同社は確かな成長機会とやりがいを提供してくれるポテンシャルに満ちています。

2. 人的資本開示 4つの評価ポイント概要

以下の4つの評価ポイントについて、倉庫管理人独自の視点で評価(◎, ◯, △, ×、※情報不足の場合は「-」)を行いました。

評価ポイント 評価 一言コメント
① 経営戦略との連動性 10年プラン2035の目標達成に向けた「4区分のキャリアプロフェッショナル人材」の定義と、具体的な人数目標が戦略と明確にリンクしています。
② 開示データの数値と変化 ストレスチェックに基づくエンゲージメント指標(ワクワク度など)やキャリアプロフェッショナル人材の人数目標は詳細ですが、研修投資額などのデータが一部不足しています。
③ 一貫したストーリー性 「ベテランの減少」という課題に対し、人材データベースを用いたスキル継承やナショナルスタッフの登用など、解決策の論理展開が見事です。
④ 戦略、人事、従業員処遇体制の一貫性 役員報酬への非財務指標の連動は評価できますが、一般従業員のキャリアステージに応じた具体的な評価・報酬制度の開示がやや弱いです。

3. 評価ポイントの深掘り分析

各項目について、【評価できる良い点】と【今後の課題・改善点】をセクションごとに分けて詳細に分析します。

① 経営戦略との連動性


【評価できる良い点】
大気社は、「10年プラン2035」において、労働集約型から資本集約型ビジネスへの転換や、グローバル展開の強化を掲げています。この経営戦略を実現するための人事戦略が非常に明確に定義されている点が高く評価できます。
具体的には、将来の事業目標から逆算(バックキャスト)し、必要となる人材像を「経営マネジメント」「クリエイティブ」「技術高度専門」「部門スペシャリスト」という4つの区分に可視化しています。さらに、2027年度に向けてこれらのキャリアプロフェッショナル人材を全体で1,350名体制(経営マネジメント125名、技術高度専門205名など)とする具体的な人数目標まで落とし込んでいます。BIM(ビルディング・インフォメーション・モデリング)を中核とするDX推進のためにDX人材を計画的に育成する方針も明記されており、事業戦略のボトルネックになりうる「設計・施工人材の不足」というリスクに対して、人事(採用・育成)とテクノロジー(DX・効率化)の両面からアプローチしている点は、極めて実効性の高い連動性と言えます。

【今後の課題・改善点】
経営戦略に必要な中核人材の人数目標が具体的に開示されている一方で、新規事業創出(未知・未開拓領域の探索)に関する戦略において、この領域を牽引するためのイノベーション人材や異業種からの専門人材をどのように獲得・評価していくのかという具体的な人事施策の記述が不足しています。新しい領域への挑戦を支える人材戦略のディテールが拡充されれば、成長ポテンシャルのアピールはさらに強固になります。

② 開示データの数値と変化


【評価できる良い点】
健康経営や社員エンゲージメントに関するデータ開示において、優れた実績を示しています。特に、「仕事に対する好奇心・ワクワク度(2027年度目標60%以上)」「果敢に挑戦する風土」「キャリア形成支援」といったエンゲージメント関連指標について、ストレスチェック結果に基づく定量的な実績値と目標値が明確に開示されている点は、組織の健全性と人的資本の価値向上に対する本気度を示しています。また、ストレスチェックの受検率自体も97%以上と高水準で推移しており、その結果を外部コンサルタントが分析し、経営層や管理職にフィードバックして職場改善に繋げているプロセスも明確です。
さらに、「女性管理職比率を2028年3月末までに6%以上にする」という明確な数値目標を掲げており、そのために動機付けや職務教育などの施策を進めている点も、ダイバーシティ推進に向けたコミットメントの強さを表しています。

【今後の課題・改善点】
健康経営やエンゲージメント、多様性に関する数値目標は具体的に開示されているものの、人的資本の価値向上の中核となる「人材育成(能力開発)」に関する定量データの開示が見当たりません。
例えば、一人当たりの年間研修費用、研修受講時間、資格取得支援制度の利用実績など、会社が従業員の成長にどれだけのリソースを投資しているのかを示す数値データが不足しています。各種のエンゲージメント指標が高い目標に向けて順調に推移しているかどうかのモニタリングと併せて、成長機会への投資実績も開示されることで、施策の説得力はより一層高まります。

③ 一貫したストーリー性


【評価できる良い点】
大気社の人的資本開示における最大の強みは、「現状の組織的課題(弱み)」を率直に開示し、それに対する解決策を論理的に提示している点です。
「今後10年で技術的な専門性を持つベテラン人材が急速に減少する」という、建設・エンジニアリング業界特有の切実なリスクを明確に定義しています。そして、その対策として、人材データベースやキャリアプランシートを活用して個人の能力や志向を可視化し、計画的なローテーションやOJTを実施するという、地に足の着いた解決策(ストーリー)を展開しています。さらに、国内のベテラン層の減少を補うだけでなく、海外のナショナルスタッフに日本での留学・研修機会を提供し、現地での技術蓄積と将来の経営幹部育成に繋げるという「グローバルな人材ポートフォリオ・マネジメント」のストーリーは、同社ならではの強みを活かした非常に説得力のある戦略です。

【今後の課題・改善点】
課題解決に向けたストーリーは総じて秀逸ですが、「キャリア形成支援」の指標などに表れる長期的なキャリア形成に関する課題について、その課題が生じた背景や根本原因の深掘り(ストーリー展開)がやや不足しています。
この課題に対し「キャリアプラン制度や社内公募制度などキャリア開発支援制度を拡充する」という対策は提示されていますが、「なぜこれまでキャリア形成に課題感があったのか(例えば、異動の硬直化や評価基準の不透明さなど)」という原因分析のプロセスが開示されることで、新制度導入の説得力とストーリー性はさらに高まるでしょう。

④ 戦略、人事、従業員処遇体制の一貫性


【評価できる良い点】
経営幹部の処遇体制において、高い一貫性が確認できます。業務執行取締役の業績連動報酬において、財務指標(70%)だけでなく、サステナビリティや人的資本への投資などの「非財務指標(30%)」を組み込んでいる点は、経営陣自らが人的資本経営にフルコミットするための強力なガバナンスとして高く評価できます。
また、一般従業員に対しても、全社員共通の人材マネジメント指針として「大気社キャリアステージ」を定義し、Stage①(知識習得)からStage④(経営中核層)まで、各フェーズでどのような経験や能力が求められるかを体系化している点は、従業員が自身のキャリアパスを描きやすくする優れた枠組みです。「能力を評価し、給与に反映する」という方針のもと、労働市場の動向を捉えたベースアップも適宜実施しており、人材の確保・定着に向けた処遇改善への意識の高さがうかがえます。

【今後の課題・改善点】
「大気社キャリアステージ」という優れた枠組みは提示されていますが、各ステージにおいて具体的にどのような「評価制度」が運用されているのかについての詳細な記述が見当たりません。
「業務で発揮した能力を評価し、給与に反映する」「業績への貢献度に応じた賞与額とする」という方針は示されていますが、例えば目標管理制度(MBO)がどのように運用されているのか、上司と部下の対話(1on1等)の仕組みはどうなっているのか、あるいは高度専門人材をどのように評価・処遇しているのかといった「評価のプロセスと透明性」に関する開示が不足しています。この点が補完されれば、若手人材は入社後の成長と処遇の連動性をよりリアルにイメージできるようになるでしょう。

4. まとめ

株式会社大気社は、ビル空調や自動車塗装プラントなど、世界中の産業を支えるグローバル・エンジニアリング企業です。有価証券報告書から読み取れるのは、自社の強みである「高度なエンジニアリング力」を次世代へいかに継承するかという課題に、組織を挙げて真摯に取り組む実直な企業カルチャーです。

特に、「人材データベース」等の活用によるスキルの可視化や、海外のナショナルスタッフを日本で教育し、将来の経営幹部として育成するグローバルな人材戦略は、同社が多様性を競争力の源泉にしようとしていることの証左です。また、経営戦略に紐づくキャリアプロフェッショナル人材の明確な人数目標や、エンゲージメント指標の定量的な開示、経営陣の報酬における非財務指標の連動などから、組織風土改革に対する経営の強い本気度がうかがえます。

一方で、有価証券報告書の記載だけでは、社員への具体的な研修投資の規模や、日々の業務における詳細な評価プロセスの実態(目標設定やフィードバックの仕組み)が見えにくい部分があります。同社への就職や転職を検討する際は、面接や社員訪問などの場を通じて「自分の目指すキャリアに対して、具体的にどのような研修サポートや評価基準が用意されているのか」を積極的に質問し、自らのキャリアビジョンと会社の制度が合致するかを確認することをお勧めします。

ベテランから若手へ、そして日本から世界へ。同社は今、企業としての大きな転換期を迎えています。確かな技術力を受け継ぎながら、DXなどの新しい手法を用いてグローバルな社会課題の解決に挑戦したいと考える人材にとって、大気社は自身の専門性を大きく開花させることができる、非常に魅力的なフィールドです。