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#355 【化学】株式会社日本触媒(4114)の人的資本開示|有価証券報告書(2026年3月期)

1. ひとこと総評

経営戦略コンサルタントの視点から株式会社日本触媒の人的資本開示を読み解くと、同社が推進する「事業の変革」「環境対応への変革」「組織の変革」という3つの変革に対して、人的資本への投資が極めてロジカルかつ戦略的に結びついていることがわかります。

同社は現在、「マテリアルズ事業(基盤素材)」から「ソリューションズ事業(電池材料やエレクトロニクスなどの成長領域)」への事業ポートフォリオの変革を最優先事項として掲げています。この高度な変革を牽引するためには、「自ら考え行動する」人材が不可欠であると定義し、2022年度から「考動」と「多様性」をコンセプトとした新しい人事制度を導入しました。特に、上司の推薦を待たずに自ら手を挙げて昇級審査に挑める「自己推薦制度」の導入は、意欲ある社員の背中を強力に後押しする素晴らしい施策です。

さらに、男性の育児休職取得率が急上昇している実績データなどから、制度を作るだけでなく実行に移す組織力が備わっていることが窺えます。一方で、経営層の報酬開示が極めて詳細で透明性が高いのに対し、一般従業員の頑張りがどのように給与や賞与に跳ね返るのかという具体的なインセンティブの仕組みについては、開示の伸びしろを残しています。

2. 人的資本開示 4つの評価ポイント概要

以下の4つの評価ポイントについて、倉庫管理人独自の視点で評価(◎, ◯, △, ×、※情報不足の場合は「-」)を行いました。

評価ポイント 評価 一言コメント
① 経営戦略との連動性 ソリューションズ事業へのシフトという事業戦略と、「自律型人財の育成」が力強く連動しています。
② 開示データの数値と変化 男性の育休取得率等の実績推移と2027年度の目標値が明確で、施策の確実な進捗が読み取れます。
③ 一貫したストーリー性 企業理念から人材育成体系(OJTとOff-JTの組み合わせ)へと論理的なストーリーが構築されています。
④ 戦略、人事、従業員処遇体制の一貫性 役員報酬の透明性は高いものの、一般従業員の処遇と業績連動の具体的な仕組みの開示が不足しています。

3. 評価ポイントの深掘り分析

各項目について、【評価できる良い点】と【今後の課題・改善点】をセクションごとに分けて詳細に分析します。

① 経営戦略との連動性


【評価できる良い点】
株式会社日本触媒の開示において高く評価できるのは、「中期経営計画2027」で掲げた「事業ポートフォリオの変革(マテリアルズ事業からソリューションズ事業へのリソース投入)」という明確な経営戦略に対し、それを実現するための「人財戦略」が的確にリンクしている点です。

新たな事業領域でスピーディーに高機能素材の事業化を図るためには、指示待ちではなく自ら課題を発見して解決する人材が不可欠です。同社はこれを「自律型人財」と定義し、2022年度に導入した新人事制度において「考動(自ら考え行動する)」と「多様性」をコンセプトに掲げました。その象徴的な施策が、一部の職級において上司の推薦なしで自己推薦による「昇級審査受験」を可能にしたことです。これは、意欲と能力のある従業員を早期に上位の役割へ引き上げる画期的な仕組みであり、従業員の「成長したい」という自発的な意欲を直接的に事業成長のドライブへと繋げる優れた制度設計です。
また、従業員自身が将来のキャリアや今後就きたい業務を申告し、上司と面談を行う「自己申告」制度を運用している点も、個人のキャリアビジョンと会社の事業戦略をすり合わせる上で有効に機能していると評価できます。

【今後の課題・改善点】
「外部からの人財獲得も組み合わせて最適配置を図る」との記載がありますが、ソリューションズ事業(電池材料やエレクトロニクス等の成長領域)を牽引するための「高度な専門知識を持った外部人材(キャリア採用)」の獲得に向けた具体的な数値目標や採用戦略についての開示が見当たりません。
事業構造をダイナミックに変革するフェーズにおいては、社内育成だけでなく、外部の知見をいかにスピーディーに取り込むかが鍵となります。中途採用比率の目標値や、あるいは既存社員に対するリスキリング(新しいスキルを獲得するための学び直し)の具体的なプログラム内容などが詳細に開示されることが、今後の伸びしろと言えます。

② 開示データの数値と変化


【評価できる良い点】
「多様な人財の活躍推進」に関して、単に目標を掲げるだけでなく、過去からの実績推移と2027年度の目標値を対比させ、取り組みの成果を透明性高く開示している点が素晴らしいです。

特に目を引くのが、「男性の育児休職取得率(15日以上)」の劇的な変化です。2022年度の「36.4%」から、2023年度には「90.0%」、2024年度には「95.7%」へと急伸しており、2027年度の目標である「100.0%」達成が目前に迫っています。この背景には、2022年10月に導入された「出生時育児休職制度」により育児休職のうち15日間を有給とした制度設計が大きく寄与していると推察されます。「男女が分担して取り組み、仕事と育児の両立を行える環境」を目指すという企業の意図が、単なるスローガンに終わらず、明確な数値の裏付けをもって実行されていることは、就活生や投資家に対して大きな安心感を与えます。
さらに、「女性管理職(基幹職)比率」についても、4.4%(2022年度)から6.3%(2024年度)へと着実に上昇しており、目標の8.0%に向けて着実な歩みを進めていることが確認できます。

【今後の課題・改善点】
「自律型人財の育成」のKPIとして「自己選択型研修(e-ラーニング等)の受講者割合:70%以上維持」が掲げられていますが、これはあくまで「手段(インプット)」の指標です。
経営戦略に連動した人的資本開示としては、これらの研修を受講した結果、従業員の行動がどのように変化し、事業にどう貢献したのかという「成果(アウトカム)」の指標に関する記載が見当たりません。例えば、従業員サーベイの結果を活用して「自律的に行動できていると感じる社員の割合」を測定するなど、研修投資が実務にどう活きているかを可視化するデータの開示が期待されます。

③ 一貫したストーリー性


【評価できる良い点】
「なぜ人材に投資するのか」という根源的な問いに対して、企業理念「TechnoAmenity」から始まり、「持続的に価値を生み出す源泉は『人』であるとの認識のもと、従業員を重要な『財産』と考える」という人財開発方針に至るまで、極めて一貫したストーリーが構築されています。

同社の人材育成のストーリーで特徴的なのは、「従業員の成長の基本はOJT(実際の職務経験を通じた学び)にある」と明言しつつ、それを補完・加速させるためのOff-JT(研修等の職場外での学習)を「自己選択型」で提供している点です。上司の支援を受けながら現場で経験を積み、自らの意志で足りないスキルを研修で補うというサイクルが論理的に描かれています。また、サステナビリティ推進委員会や人財開発会議といったガバナンス体制を機能させ、全社内取締役が出席して定期的に進捗の確認と見直しを行っている点も、人材投資を経営の重要課題として位置づける本気度を示しています。

【今後の課題・改善点】
「働きがいの向上」に向けた施策として、「従業員サーベイ(エンゲージメントサーベイ)におけるD&I関連項目のポジティブ回答率向上:80%以上」を目標に掲げていますが、現在のポジティブ回答率の実績値や、過去のサーベイから浮き彫りになった組織の課題(弱み)に関する具体的な記述が見当たりません。
「現在の組織にはどのような課題があり、それを解決するためにどのような対策を打っているのか」という現状の課題感を開示することで、ストーリーにさらなる説得力と深みが生まれます。課題を隠さずに開示することは、企業の誠実さを示す重要な要素となります。

④ 戦略、人事、従業員処遇体制の一貫性


【評価できる良い点】
役員報酬の決定プロセスおよび報酬体系において、会社の業績向上と役員のインセンティブが極めて透明性高く、かつ緻密に連動している点が高く評価できます。

取締役の賞与については「営業利益率(25%)」「営業利益(25%)」「個人の業績目標の達成度(50%)」という具体的な評価ウエイトが明記されています。さらに、中長期のインセンティブである株式報酬(RS交付型)については、中期経営計画の達成度を測る指標として「ROE(40%)」「当期利益(40%)」「ROIC:投下資本利益率(20%)」を採用し、それぞれの目標値と当期実績値(例:ROE目標5.3%に対し実績4.3%)を包み隠さず開示しています。
株価上昇のメリットだけでなく、株価下落のリスクまでも株主と共有し、資本効率(ROEやROIC)を重視する報酬設計は、持続的な企業価値向上を推進する上で非常に優れたガバナンス体制であると言えます。

【今後の課題・改善点】
経営層の報酬体系が詳細に開示されている一方で、一般従業員の処遇体制に関する具体的な記述が不足しています。
「従業員給与・報酬の決定にあたっては、役割・成果・能力発揮を適切に反映した体系としている」「外部労働市場との競争力確保および企業業績との連動を考慮する」との記載はあるものの、前述した自己推薦によって昇級を果たした従業員や、自律的に高い成果を上げた従業員に対して、どのようなインセンティブ(金銭的報酬や表彰制度など)で報いる仕組みになっているのかの詳細が開示されていません。
「自ら考え行動する」ことを求める以上、その努力や成果が正当に金銭的・非金銭的処遇に反映される仕組みを明示することが、優秀な若手人材を惹きつける上での重要な伸びしろとなります。

4. まとめ

就職活動中の大学生や、転職に向けて企業研究を行う若手人材にとって、株式会社日本触媒は「自らのキャリアを主体的に切り拓き、成長を実感できる」非常に魅力的なフィールドです。

同社は現在、伝統的な化学素材メーカーの枠を超え、電池材料やエレクトロニクスといった成長領域(ソリューションズ事業)へと事業の舵を大きく切る変革期にあります。このダイナミックな環境において、会社は「指示待ち」ではなく「自律的に考え、行動する」人材を強く求めています。入社後には、上司の推薦を待たずに自ら昇級に挑戦できる「自己推薦制度」や、自らの意思で学べる「自己選択型研修」など、やる気のある社員を全方位からバックアップする充実した制度が用意されています。また、男性の育児休職取得率が95%を超えるなど、ライフステージの変化に合わせた柔軟な働き方が実態として根付いている点も大きな安心材料です。

一方で、この環境は「会社が手取り足取りキャリアを用意してくれる」という受け身の姿勢では、その恩恵を十分に受けることが難しいという厳しさも内包しています。自らのビジョンを持ち、会社の変革期をチャンスと捉えて果敢にチャレンジできる人材であれば、同社が提供する成長の機会を最大限に活かし、事業とともに自らも大きく飛躍できるはずです。