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#240 【建設業】大成建設株式会社(1801)の人的資本開示|有価証券報告書(2026年3月期)

1. ひとこと総評

大成建設株式会社の人的資本開示に関する有価証券報告書を分析すると、過去に生じた品質・工程に関する不適切な事案という痛みを伴う経験から目を背けず、組織の根底からの変革に挑む経営陣の強い覚悟が読み取れます。「人生を尊重する企業風土」を新たに掲げ、社長直轄の風土改革推進部を新設するなど、トップダウンとボトムアップの両輪で企業風土改革を進める姿勢は非常に高く評価できます。

また、人件費を単なる「コスト」ではなく、将来に実りをもたらす「投資」と捉え直し、役割等級制度の導入や定年年齢の引き上げ(60歳から65歳へ)などの人事制度改革を実行している点は、時代に即した本質的な変革です。経営陣の報酬制度にエンゲージメントスコアや安全指標を組み込むなど、経営課題と処遇の連動性も極めて高いレベルで設計されています。

一方で、組織全体の大きなビジョンや役員向けの処遇制度が詳細に語られている反面、DXなどの専門人材育成の具体的な数値計画や、人的資本投資の具体的な金額など、一部開示が不足している項目も見受けられます。課題を隠さずに開示する透明性の高い現在の姿勢をベースに、今後は定量的な計画や投資額が開示されることで、ステークホルダーからの信頼をさらに強固なものにするポテンシャルを秘めています。

2. 人的資本開示 4つの評価ポイント概要

以下の4つの評価ポイントについて、倉庫管理人独自の視点で評価(◎, ◯, △, ×、※情報不足の場合は「-」)を行いました。

評価ポイント 評価 一言コメント
① 経営戦略との連動性 多様なキャリアパスの実現を目指す新人事制度は評価できますが、先端技術を活用する専門人材の育成目標が不足しています。
② 開示データの数値と変化 エンゲージメントの改善実績や未達課題の開示は誠実ですが、人材育成に係る具体的な投資額の記載が見当たりません。
③ 一貫したストーリー性 過去の問題認識から企業風土改革、そしてスコア改善へと至るプロセスが極めて論理的で説得力があります。
④ 戦略、人事、従業員処遇体制の一貫性 役員報酬と非財務指標・安全指標の連動は秀逸ですが、一般従業員の評価が給与にどう反映されるかの詳細が不足しています。

3. 評価ポイントの深掘り分析

各項目について、【評価できる良い点】と【今後の課題・改善点】をセクションごとに分けて詳細に分析します。

① 経営戦略との連動性


【評価できる良い点】
経営戦略「TAISEI VISION 2030」達成計画の中で、人的資本を競争力の源泉と明確に位置づけ、戦略と人事施策が的確にリンクしている点が高く評価できます。特に、2025年度から運用を開始した新人事制度において、「役割等級制度」や、ライフプランに合わせた柔軟な働き方を実現する「勤務地選択制度」を導入し、自律的で多様なキャリアパスを実現しようとする姿勢が明確です。
また、人財育成計画において、人間力や高い専門性に加えて「リベラルアーツ(幅広い一般教養や多角的な視点)」の習得を目指している点は、多様な視点からイノベーションを生み出せる人材を育成するという独自のアプローチとして注目に値します。さらに、シニア世代の活性化に向けた定年延長(60歳から65歳)と併せて、「リスキリング(新しい業務や役割に対応するために必要なスキルを学び直すこと)」の推進を明記している点も、労働人口減少という社会課題への対応と経営戦略が連動している証拠です。

【今後の課題・改善点】
全社的リスクマネジメントの項目において、デジタル技術やAI・ロボット技術等の「先端技術活用リスク」を挙げ、その対応策として先端技術を活用できる人材の育成に取り組む旨が記載されています。しかし、建設業界全体が直面する生産性向上の鍵となるこれらの「DX(デジタルトランスフォーメーション)人材」等の専門人材について、具体的にどのような育成プログラムを実施し、何名規模の専門人材を育成・獲得するのかといった定量的な計画や数値目標が開示されていません。戦略の実行を担保する具体的な人材ポートフォリオ計画の記載がない点は、今後の伸びしろと言えます。

② 開示データの数値と変化


【評価できる良い点】
組織の健全性を測る客観的な指標として、外部機関の評価基準(11段階評価)を用いた「エンゲージメント(従業員の会社に対する貢献意欲や愛着心、働きがいを測る指標)」サーベイを導入し、その推移を明確に開示している点が非常に優れています。2022年度の「B50.0」から、経営方針の伝達や意見交換などの施策を実行した結果、2025年度には「A59.6」へとスコアが大幅に改善した事実が示されており、風土改革の成果が可視化されています。
また、建設業界の長年の課題である長時間労働に関して「4週8閉所実施率」を開示し、現状(2024年度実績:建築49.9%、土木82.7%)が目標の100%に対して未達であることを包み隠さず記載しています。未達の事実を認めた上で、サプライチェーンと協働して生産性の向上や効率的な施工に努める姿勢を示している点に、投資家に対する高い透明性と誠実さが感じられます。

【今後の課題・改善点】
「当社グループの持続的成長を支えるための人的資本投資を拡充する」と基本方針に掲げ、教育・研修の充実を謳っている一方で、従業員の能力開発に投下した「具体的な研修費用(投資額)」や「従業員一人当たりの研修受講時間」などの定量的な実績・目標データが見当たりません。人的資本経営において「投資」と位置づける以上、どれだけの財務リソースを人材に投下しているのかを示す金額的・時間的なデータが開示されていない点は明確な課題です。

③ 一貫したストーリー性


【評価できる良い点】
過去の「品質・工程に関する一連の不適切な事案」を背景に「企業風土上の問題」があったと真正面から認め、そこからの再生ストーリーが非常に論理的かつ実効性を持って構築されています。
問題認識からスタートし、目指す姿として「人生を尊重する企業風土」を決定。それを実行に移すため、2024年7月に社長直轄の「風土改革推進部」を設置するという強力なトップダウンの体制を整備しました。さらに、エンゲージメントサーベイの結果から「経営層と社員の間においてエンゲージメントの状態に差が生じている」という課題を抽出し、相互の意思疎通を図る意見交換会を重ねる(ボトムアップ)ことで、「事業戦略への納得感」が上昇しスコア改善に至るという流れは、課題解決のプロセスとして極めて説得力があります。
また、サプライチェーン全体での「人権デュー・ディリジェンス(企業が自社の事業活動によって人権等に与える負の影響を特定し、防止・軽減する一連のプロセス)」の実施状況も詳細に開示されており、外国人技能実習生への直接インタビューを実施するなど、現場の実態に即した深いアプローチが行われている点も一貫した企業責任のストーリーとして高く評価できます。

【今後の課題・改善点】
エンゲージメントの向上や女性採用比率向上などの目標は明確に示されているものの、若手社員の「離職率」や「定着率」に関するデータが開示されていません。企業風土改革や新人事制度の導入が、将来の経営を担う若手・中堅人材の「働きやすさ」や「定着」にどのように結びついているのかというストーリーが、実際の離職防止効果というデータによって裏付けられていない点は、今後の開示の充実が求められます。

④ 戦略、人事、従業員処遇体制の一貫性


【評価できる良い点】
経営陣(役員)の報酬制度において、ESG(環境・社会・ガバナンス)戦略と処遇が強力かつ厳格に連動している点は、他社と比較しても非常に優れています。
業績連動報酬(金銭報酬)の評価指標に、財務指標だけでなく「エンゲージメントスコア」と「CO2排出量・削減率」を明確に組み込んでいます。さらに特筆すべきは、「重大事故発生時」には算出された報酬額に対し「一律0.9を乗じる(減額する)」というペナルティ係数を設けている点です。加えて、コンプライアンス事案や財務諸表の重大な修正が生じた際に、未給付報酬の没収や過去に支給した報酬の返還を求める「マルス・クローバック条項(不正や重大な過失があった場合に、支給前または過去に支給した役員報酬の減額や返還を求める仕組み)」を導入しています。これらは、安全とコンプライアンスに対する経営陣の極めて重い責任と覚悟を制度として体現したものであり、戦略と処遇の究極の一貫性を示しています。

【今後の課題・改善点】
役員報酬に関しては精緻な算定式やESG指標との連動が開示されている一方で、一般従業員向けの新人事制度(評価制度や給与制度)において、個人の能力開発や目標達成が、具体的にどのように給与や賞与の増減に反映されるのかという詳細な基準についての記載が不足しています。育成や処遇にかける人件費を「投資」と位置づけ、役割等級制度を導入したことはわかりますが、その評価結果がどの程度のメリハリをもって処遇に反映されるのかが開示されていないため、従業員目線での評価制度の実効性が読み取れない点が今後の伸びしろとして挙げられます。

4. まとめ

大成建設株式会社の人的資本開示を総合的に分析すると、過去の失敗を教訓とし、経営陣が強い危機感を持って「企業風土の抜本的な改革」と「人的資本経営への転換」に挑んでいる姿が鮮明に浮かび上がります。問題を隠さず、真正面から受け止めて制度設計に落とし込む姿勢は、コンサルタントの視点からも非常に信頼に足る企業体質であると評価できます。

就職活動や転職を検討している若手人材にとって、同社は「まさに変革の過渡期にあり、社員の声が経営に届きやすい環境」へと進化している魅力的なフィールドです。定年延長や勤務地選択制度の導入など、長く安心して働ける柔軟なキャリアパスの基盤が整えられており、エンゲージメントスコアの改善が示す通り、社内の風通しは着実に良くなっています。また、経営トップの報酬が「安全」や「従業員エンゲージメント」に直接連動する厳しい仕組みを持つことは、現場で働く社員にとってこの上ない安心材料となります。

一方で、この変革期において求められるのは、与えられた環境に甘んじるのではなく、自律的にキャリアを築き、「リベラルアーツ」などの幅広い視点を持ってイノベーションを起こす主体性です。古い慣習を打ち破り、「人生を尊重する企業風土」を自らの手で創り上げながら、社会インフラを支えるダイナミックな事業に挑戦したいと考える意欲的な人材にとって、現在の同社は非常にやりがいのあるエキサイティングなステージとなるでしょう。