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#217 【陸運業】富士急行株式会社(9010)の人的資本開示|有価証券報告書(2026年3月期)

1. ひとこと総評

富士急行株式会社(以下、富士急行)の有価証券報告書における人的資本開示は、テーマパークや交通インフラを支える「ホスピタリティ産業」として、非常に人間味あふれる内容に仕上がっています。
「富士を世界に拓く」という創業精神のもと、顧客への「喜び・感動」を提供し続けるために、「人を育て、寄り添う」ことを重要課題(マテリアリティ)に設定。DX人材の育成や健康経営、エンゲージメントの向上など、多角的な施策が展開されており、就活生や若手人材にとって、手厚い支援体制のもとで自己成長を遂げられるポテンシャルの高い環境です。
一方で、組織の基盤となる人事評価制度の具体的な運用実態や、次世代の経営幹部をどのように育成していくかという経営トップ層のサクセッションプラン(後継者育成計画)等については情報が開示されておらず、制度の実効性を確認していく伸びしろが残されています。

2. 人的資本開示 4つの評価ポイント概要

以下の4つの評価ポイントについて、倉庫管理人独自の視点で評価(◎, ◯, △, ×、※情報不足の場合は「-」)を行いました。

評価ポイント 評価 一言コメント
① 経営戦略との連動性 顧客体験価値向上等の戦略とDX人材育成は連動していますが、経営幹部育成の具体策が見当たりません。
② 開示データの数値と変化 DE&Iや健康指標は目標と実績が明確ですが、能力開発の成果を示すアウトプット指標が不足しています。
③ 一貫したストーリー性 「喜び・感動」の創造という理念から、社員の成長と健康・多様性の推進まで論理的に繋がっています。
④ 戦略、人事、従業員処遇体制の一貫性 多面的な評価制度は明記されていますが、給与やインセンティブへの具体的な連動割合の開示がありません。

3. 評価ポイントの深掘り分析

各項目について、【評価できる良い点】と【今後の課題・改善点】をセクションごとに分けて詳細に分析します。

① 経営戦略との連動性


【評価できる良い点】
富士急行の中期経営計画では、「顧客体験価値を起点としたビジネスの再構築」や、データマーケティングの強化、さらにはアミューズメントパーク機能を他施設へ広げる中核プロジェクト「ULTRA Q」の推進など、非常にアグレッシブな戦略が掲げられています。この戦略を実現するための人的資本の取り組みとして、「リスキリング(新たなスキルの学び直し)による能力高度化」を位置づけ、「生成AIパスポート」の取得促進や、「フジQアカデミー」を通じた専門スキル教育の拡充などを実行している点は高く評価できます。
単に福利厚生を充実させるだけでなく、経営戦略として掲げた「IT・DX戦略」を現場で実行できるイノベーション人材を育成するという明確な意図をもって、研修プログラム(DX研修)や「スキルマトリックス」による能力可視化の仕組みが導入されており、事業戦略と人材育成方針が的確にリンクしています。

【今後の課題・改善点】
一方で、人材育成方針の冒頭に「グループ会社を統率する経営幹部の育成」という重要な目標が掲げられているものの、それを実現するための具体的な施策(例えば、次世代リーダー向けの選抜型プログラムや、経営陣の後継者を育成するサクセッションプラン等)に関する開示が見当たりません。
一般従業員向けのDX教育や資格取得支援策は充実しているものの、将来の富士急行グループを牽引するトップマネジメント層をどのように選抜・育成し、配置していくのかという、より高度な経営と人事の連動性を示す情報の開示がない点は、中長期的な組織の持続性を測る上での今後の伸びしろと言えます。

② 開示データの数値と変化


【評価できる良い点】
法定開示項目を含む多様な指標において、2030年度を期限とする明確な「目標」と、2025年度の「実績」が並記されており、進捗状況が非常に客観的に把握できる構成は好印象です。
特筆すべきは、DE&I(ダイバーシティ・エクイティ&インクルージョン:多様性・公平性・包摂性)およびウェルビーイング(心身の健康と幸福)に関する指標の充実度です。男性労働者の育児休業取得率は目標100%に対して実績も100%を達成しており、育休中の休業分給料補償を実施するなど実効性を伴っています。また、健康面においても「喫煙率の減少(実績16.5%)」「適正体重維持者率(実績64.1%)」など独自の具体的なKPIを設定し、「プレゼンティーイズム(出勤しているものの健康上の問題で業務遂行能力が低下している状態)」を毎月測定している点など、社員の健康状態をデータドリブンで改善しようとする企業の意図が明確に読み取れます。

【今後の課題・改善点】
人事・健康関連のデータは充実していますが、能力高度化(アップスキリング)による事業への貢献度を示す「アウトプット指標」の開示が不足しています。
例えば、「研修教育費の増額(2023年度比160%実績)」や「DXプロジェクト参画人数(実績62名)」といった「どれだけ投資・実施したか」を示すインプット指標は記載されていますが、その結果として「新規事業がいくつ創出されたのか」「データマーケティングによって業務効率がどれだけ改善されたのか」といった、投資リターンを測る具体的な業績直結型KPIの記載が見当たりません。人的資本の投資対効果をステークホルダーに示すためには、こうした成果指標の開示が今後の課題となります。

③ 一貫したストーリー性


【評価できる良い点】
富士急行の人的資本開示は、企業理念である「いつも『喜び・感動』」と創業精神「富士を世界に拓く」から出発し、そこからサステナビリティのマテリアリティ(重要課題)である「人を育て、寄り添う」へと見事にブレークダウンされています。
お客様に最高のホスピタリティを提供するためには、まず社員自身が健康で、多様性が認められ、エンゲージメント(会社に対する愛着や貢献意欲)が高い状態でなければならないという哲学が、施策全体に一貫しています。例えば、社員寮のリノベーションや本社社屋の改修、多拠点勤務の開始といった「環境整備」から、ワークエンゲージメントの測定、ファミリーデーの開催に至るまで、「なぜその施策を行うのか」が「安心・安全で質の高いサービスを生み出すため」という論理的なストーリーとして語られており、企業の温かいカルチャーが伝わってくる優れた構成です。

【今後の課題・改善点】
キャリアアップに関する今後の取り組み方針として、「社内FA(フリーエージェント)の実施」や「社内副業(ダブルジョブ)の検討開始」「単発プロジェクトの社内公募制」といった、若手人材が主体的にキャリアを築くための非常に魅力的な制度名が挙げられています。
しかしながら、これらは「検討開始」や「取り組み方針」として羅列されているのみで、現時点でこれらがどの程度実行に移され、どれくらいの社員が制度を利用して自律的なキャリア形成を実現しているのかという具体的な運用ストーリーの記述がありません。制度の存在だけでなく、それが実際に組織の活性化にどう繋がっているかという実態が見えない点は、今後の開示の伸びしろです。

④ 戦略、人事、従業員処遇体制の一貫性


【評価できる良い点】
従業員の給与等の決定方針において、具体的な評価制度の仕組みが明記されている点は、就職活動を行う学生にとって非常に参考になります。
総合職および専任職に対しては「年俸制」を導入しており、評価指標として「MBO評価(目標管理制度:結果・プロセス評価)」「コンピテンシー評価(高い業績を上げる行動特性に基づく評価)」、さらには「ESG評価」を複合的に用いていることが記載されています。
これは、単なる短期的な売上目標の達成だけでなく、業務遂行のプロセスや現場での運営力、地域社会への貢献といった多面的な要素を総合して評価する仕組みであり、「地域とともに創り、ともに栄える」という同社のサステナビリティ戦略と従業員の評価システムが一貫して落とし込まれている点として評価できます。

【今後の課題・改善点】
多面的な評価制度の存在は明記されているものの、それらの評価結果が最終的に従業員の「昇給」や「賞与」といった金銭的処遇に、具体的にどのような割合・基準で連動しているのかという詳細な記載がありません。
また、戦略の柱としている「高度な専門性を持ったDX人材やイノベーション人材」を獲得・リテンション(引き留め)するためには、一般的な年俸制とは異なる市場価値に合わせた特別な報酬テーブルやインセンティブ制度が必要になるケースが多いですが、そうした専門人材に特化した処遇制度の有無に関する具体的な記述は見当たりません。戦略的に求める人材像に対する処遇体制の一貫性が読み取れない点は、今後の改善点として挙げられます。

4. まとめ

富士急行の人的資本開示からは、観光・レジャー産業という「人」が直接価値を生み出すビジネスモデルにおいて、社員の健康と多様性を何よりも重視する真摯な姿勢が伺えます。特に、男性の育児休業取得率100%の達成や給料補償の実施、毎月のプレゼンティーイズム測定など、ウェルビーイングやDE&Iの分野においては、他業界の先進企業にも引けを取らない具体的なデータと実績を有しています。

就活生や若手人材にとって、富士急行に入社することは、充実した福利厚生や健康管理体制のもと、地域社会に密着しながら「喜び・感動」を創出するホスピタリティビジネスの最前線で働くことができる大きな魅力があります。また、DX教育や「フジQアカデミー」を通じたリスキリングの機会も豊富に用意されており、事業会社の中でITスキルやデータマーケティングの知見を磨く成長機会も広がっています。

一方で、企業研究の視点から注意すべきは、社内FAや社内公募といった自律的なキャリア形成を支援する制度がまだ「検討」や「方針」の段階に留まっている可能性がある点です。また、評価制度は多面的で納得感が高そうに見えますが、実際の昇給やインセンティブへの還元プロセスがベールに包まれています。採用面接などの場においては、「入社後、実際に社内公募や新規プロジェクトに挑戦した若手社員の事例はあるか」「DX研修で身につけたスキルは、どのように評価や給与に反映されるのか」といった踏み込んだ質問を投げかけることで、企業の制度の「本気度」と「実態」を見極めることが、後悔のないキャリア選択に繋がるでしょう。